語るぬりかべ

語るぬりかべ

ぬりかべのごとき体躯のアラサーがあれやこれやを語ります。172cm、イエベ秋、骨格ナチュラル、顔タイプ(まさかの)キュート。

座禅体験で気付いたこと、考えたこと

知人の紹介で、初心者向けの座禅教室に行って参りました。清澄白河釈迦牟尼会さんです。申し込めば誰でも参加できます。

http://zenmi.net/index.html

漠然と出家に憧れていた変な女子高生だったので、いつかこういうのをやってみたいと思っていました。10年以上経ってようやく実現しました。わーいわーい。

 

ざっくりと流れをば。開始20分程前にお伺いして、まずは荷物を置いたり案内を聞いたり参加費(1,000円でした)を払ったりします。その後、座禅をする畳の部屋へ行きます。入室時の作法、入ってからの禁止事項(基本的には会話禁止、座る前の礼の仕方、足を崩したい時は合掌してから、等)を案内人の方に聞いてから中に入ります。基本的にこの案内人の方が色々と気遣ってお世話をしてくれるので終始安心です。

 

部屋の中は電気が点いておらず、東側の窓からゆるやかに差し込む日差しのみ。私語などする気には絶対にならない、静謐な空気に恐る恐る足を踏み込みます。指示された場所に礼をして座り、しばし始まるまで待ちます。座り方もよくわからないので適当に胡座をかいてぼーっとしていたのですが、まだ座禅前ですよ、座禅前なのに既に落ち着いた気持ちになっている。これは場の持つ力だと思います。

 

定刻になると老師様(という呼び方でいいのか?わからん)がいらっしゃり、私のような初めての人間向けに簡単に座禅とは、呼吸の仕方、足の組み方、例の棒での叩かれ方などの話をしてくれます。ちなみに初参加は私ともう一人で、他は継続的に参加していらっしゃる方のようでした。かといって入りづらい雰囲気は全くないです。何しろ会話NGなので、挨拶すらしてない。コミュ障を自認する方でもこれなら大丈夫だと思う。

 

老師様の説明が終わると、いよいよ座禅開始です。今回は20分座禅+5分休憩を3セット、というコースでした。1セット目はそりゃもう雑念だらけです。隣の人のお腹が鳴った、向かいの人は寝かかってるな、あの棒で叩かれるのは老師様は痛くないと言っていたけど音が痛い音だな、そろそろ足が痺れてきたな、などなど。初めてなので仕方がない部分もありますが、周囲の様子を窺っているうちに終了。やれやれと足を伸ばし、正座ほどではないにせよ痺れた足を撫でさすりながら休憩します。この休憩の間にも老師様がぽつりぽつりとお話をしてくださるので、体育座りでこっそりふくらはぎのマッサージをしつつ拝聴します。

 

二度目の座禅タイムになると、一気に成長が見られました。丹田呼吸に合わせて呼吸の数を十まで数える(十まで行ったらまた一から数える)ことを最初の説明で聞いていたのですが、それがかなり出来るようになりました。といっても丹田呼吸はよくわからないのでなんとなくの雰囲気だけですし、数も十八とかまで数えてて「あ!十過ぎてた」となってましたし、単に一度目ほどは雑念が浮かんでこなくなったというだけなのですが。それでも隣の人のお腹の音に気を取られていた時から比べれば進歩と言えるのでは。、

 

そして三度目。老師様の呼吸の音に意識を傾けると自分の呼吸の意識が高まることに気付きます。と同時に、腸が動いているのがわかるようになりました。深い呼吸によって副交感神経が優位になって、消化活動が活発になったからだと思います。そりゃお腹も鳴りますね。また、二度目は数を数え過ごしていましたが、三度目は一から十まで数えることを反復してできるようになりました。まあ途中で足しびれたな、とか、後どれくらいだろう、とか浮かんできたりはするんですけど。

 

こんな感じで、回数を重ねる毎に集中が深まっていくのを実感することができました。初回でこれだけ発見があったので、継続すればきっともっと沢山のことが見えてくるだろうなと思います。あ、例の棒は受けるタイミングを逃しました(申告制です)。それは心残り。痛そうだけどやってみたい、怖いもの見たさ的な感じで。

 

老師様のお話で印象に残ったのが、「心に本来欠けはない」という一言でした。自分は自分のメンタルを欠けだらけ、傷だらけ、足りないものだらけだと感じていたのですが、なんていうかな…イメージとしては玉があって、それに曇りがかっている状態なのかもしれないなと認識を改めました。勿論改善すべき点があることには変わりがないのですが、それをどうにかして埋める努力をするのではなく、本来の輝きを取り戻す策を講じると考えると、なんだか前向きな感じがします。

 

今までは修行に対して「一段高い別の所に行くためのもの」という朧げな認識を持っていました。しかしそうではなく、自らの内にある玉と向き合い、曇りを取り、磨きをかけてより全き玉へと近づけて行く、その繰り返しが修行なのかな、と。そしてこの過程を螺旋状に登っていく中で、ご縁があった人や物に真摯に向き合う。それが大事な気がする。また上に行く表現に戻ってしまいましたが、他に適した言い回しが見つからないな…

 

座禅、しかも体験レベルでここまで色々考えさせられたり気付かされたりするとは予想だにしていませんでした。多分自分には必要な時間だったんだな。いつもより真面目な文になったし。マインドフルネスとかヨガとの共通点みたいなものも何となーく感じ取りましたが、もう長々と書いたしな…考えがまとまればまた文章化したいと思いますが、どうだろな。書くのって面白いけど労力は使いますよねえ。

 

とまあこんなわけで、座禅、お薦めです。足は痺れるけど頭もいい感じに痺れるので。機会があれば一度体験してみてはいかがでしょうか。